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東京六大学野球@東京六大学野球応援席

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日本に野球を定着させるのに大いに貢献した東京六大学野球! 一時は全国的にファンを拡大したと聞く。そんな東京六大学野球を応援しよう!




明治大学の校歌と応援歌

明治大学学生歌ー都に匂う花の雲

東京六大学野球を応援しよう!の野球侍です。

学生歌は、古くから歌い継がれています。

一校の「ああ 玉杯に花(華だったかも)うけて」とか

三校の歌とか、北海道大学寮歌とか。


明治大学も創立百周年を記念して作られた歌があります。

募集した歌詞の中から選ばれて作られました。


作曲は、「紫紺の歌」も作曲した古賀政男先生です。


      学生歌「都に匂う花の雲」

            山本修一 作詞

            野村俊夫 補作

            古賀政男 作曲

      「1.都に匂う花の雲〜」と歌います。

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明治大学の校歌と応援歌

明治大学・第三応援歌「紫紺の旗の下に」

東京六大学野球を応援しよう!の野球侍です。


東京六大学野球、明治大学の第三応援歌「紫紺の旗の下で」の紹介です。

この歌も作曲は、古関裕而先生です。

作詞は、明治大学応援団になっていますが、学生から歌詞の募集をして
25編の中からの当選作です。補作詞を野村俊夫氏がしています。
昭和30年(1955年)に作られています。

では明治大学、第三応援歌「紫紺の旗の下で」です。

  「「紫紺の旗の下で」

          明治大学応援団作詞
          野村俊夫  補作詞
          古関裕而   作曲

       「1.伝統の光り燦(さん)たる〜」で始まります。
 
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明治大学の校歌と応援歌

明治大学の第二応援歌の作曲者は警視庁音楽隊!

東京六大学野球を応援しよう!の野球侍です。


今回は明治大学の第二応援歌

 「血潮は燃えて」の紹介です。


この歌の作曲者は、警視庁音楽隊とありますので、この音楽隊について

調べてみました。



この警視庁音楽隊は、1948年(昭和23年)に創設されていますが、

その創設に寄与し、また指揮者として尽力したのが山口常光氏(やまぐち

つねみつ)でした。



彼は、陸軍軍楽隊で指揮をし、戦時中には危ない場所でも演奏を

しつづけたそうです。


終戦をむかえ昭和23年、この陸軍軍楽隊が、新たに生まれ変わって

警視庁音楽隊となりました。


その翌年の春に日比谷公園で始まった水曜コンサートは、現在も

「水曜コンサート」として続いています。


警視庁音楽隊のHPは、警視庁のHPの中です


この山口常光氏の編著した本がありますが、残念ながら絶版になって

います。図書館にあるかもしれませんので書名を記しておきます。

興味あるひとは呼んでみてください。


山口常光 編著: 陸軍軍楽隊史 〜吹奏楽物語り〜

                 (三青社, 1968)

(絶版)

<本の説明文です>

陸軍戸山学校軍楽隊長、戦後は警視庁音楽隊長を歴任された山口

常光氏による「陸軍軍楽隊史」です。

草創期から終戦で廃隊するまでの様々なエピソードを、時には

軍上層部の軍楽隊への無理解を嘆きつつ、山口氏が読みやすい文章で

綴っています。

かつて、日本に近衛兵軍楽隊が存在したことに驚きました。(総526頁)


<もう1冊あります>

  山口常光 編著: 目で見る吹奏楽百年史

               (戸楽会, 1971)

(絶版)

山口常光氏(元陸軍戸山学校軍楽隊長)の前掲書「陸軍軍楽隊史」の

別巻とも言うべき、膨大な写真で構成された“図説・陸軍軍楽隊史”

です。

明治時代の草創期、各種式典・慰問演奏、戸山学校内の練習風景等、

貴重な写真多数、日本の吹奏楽発展を先導した陸軍軍楽隊の歩みを

視覚的に編纂、限定700部の稀少書。(総152頁)



それでは明治大学、第二応援歌「血潮は燃えて」です。



   「血潮は燃えて」

           作詞   三田 日出男
  
           作曲   警視庁音楽隊

 「一、  明治の若人行く所〜」 から始まる応援歌です。

     
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明治大学の校歌と応援歌

明治大学、第一応援歌「紫紺の歌」!

東京六大学野球を応援しよう!の野球侍です。

今回は、東京六大学、駿河台の明治大学、第一応援歌「紫紺の歌」

の紹介です。


各校とも結構、戦前からの応援歌がある中で、明治大学では校歌を

除いては、この第一応援歌「紫紺の歌」が唯一、戦前からの応援歌で

ある。


この応援歌にはどうも逸話もなく、どういう経緯でできたのか、

はっきりとした説は残っていない。



作曲者が、明治OBの大作曲家古賀政男氏であり、作詞者が明治大学

応援団とありますから、応援団有志が詞を作り、古賀政男氏に曲を

以来したものでありましょう。


結構難しい曲です。

ここでメロディが拾えます。

明治第一応援歌「紫紺の歌」

さあ歌いましょう。なし

明治大学の校歌と応援歌

明治大学校歌は、「赤とんぼ」が生きていた!

東京六大学野球を応援しよう!の野球侍です。


明治大学の校歌は、創立40年経った大正9年(1920年)まで

なかった。


その年、1920年の秋に、隅田川で行われた各大学ボートレースで

初めて、明治大学の校歌として発表された。


校歌が出来るまでは、大変なドラマがあったらしい。

その経緯について、明治大学応援団新聞「紫紺」に載った「校歌物語」

から、簡単に要約させていただく。


この文章は、作曲者の山田耕筰先生によるものである。


「作詞者は児玉花外氏で、当初の詩は国語体に書かれており、とても

作曲にたえうるものでなく、作曲者自身が詩をまとめることに努力し

友人の作詞家・三木露風先生にも援助を乞い、ようやく

「白雲なびく・・・」がうまれた」とのことです。


ちなみに童謡「赤とんぼ」の作詞者は三木露風先生で、作曲者は

当然山田耕筰先生である。



かくして、明治大学の校歌は、名曲として輝く。


さあ、歌ってみましょう。

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